「実在の完全なる説明は、単に如何にして存在するかの説明のみではなく

何のために存在するかを説明せねばならぬ。」 

                                                              西田 幾多郎『善の研究』 

生き急ぐかのように変化の目まぐるしいこの世界。

文明の発展により豊かな生活を得てなお、留まることなく更なる膨張を、

そんな機能を東京は備えている都市です。

その最中にあり、「文化」が置き去りとされている様に感じます。

いえ、ペダンチックな「伝統文化とのお付き合い」は一部において為されています。

しかしながら、「日本人くらい一方に伝統のおもみを受けていながら、しかし生活的にその行方を見失っている国民はないでしょう」と、

かつて稀代の芸術家が日本の世に発問し、火を灯したとおり、「文化」と「文明」はもっと親しくしても良いのではないか、と。

過去より築かれ、現在に集積された叡智を、人は生活の中で享受し、工夫し、新たな世界をまた人が創造する。

そんな様を「日本的」な文脈で表現していきたいと思い至り、AGUNÌTEは生まれました。

現在は過去と未来の両義を孕む永遠の今。

作られたものから作るものへ。

日本文化のオルタナティヴとして、

その矛盾的自己同一が育まれる「場」として成る事がAGUNITEの実在であり願いです。